「水の波紋展・弓指寛治さんの作品のこと。- 山陽堂書店・岡本太郎記念館・ののあおやま」
◇山陽堂書店二階ギャラリー展示
『太郎の青山』
太郎氏が言葉でのこしてくれた青山・原宿の美しい情景が弓指さんによって一枚の絵になった。
言葉で想像するだけでも「こんな風景の中にいたんだなあ」
と先代たちが過ごした時代をすこし身近に感じることができたが、
目の前に現れた弓指さんの絵を見た時、この、時空を越えていくような感覚は何なのかと思った。
*昨年昭和16年に出版された岡本太郎著「母の手紙」を古書で入手。
そこには太郎さんが3、4歳の頃の青山原宿の美しい情景や思い出が描かれていた。
「私の眼には母の白い手が浮んで来る。
それは私がまだ三つか四つになったころ、青山北町六丁目の夕闇をバックにしている。
当時の青山は今日のように開けていず、私の家のまはりには家屋がまばらであった。
前には厩などがあり後方には浅野の森と呼ばれる鬱蒼とした森林が神秘を秘めていた。
春は一斉に花が咲き、蝶が飛んだ。
夏は激しい夕立が樹々のみどりを生き々させ、一旦雨がはれると夕やけですべてが真っ赤になった。
秋は美しい虫の音に耳をかたむけた。
冬は天から降って来た雪にあたりが真白に蔽われた。
私の小さい眼には四季の一つ一つの変化が何もかもめずらしかった。
母は美しい眼差しで慈愛深く、四季の変転が何であるかを私に教えた。
昼は私は蝶を追ひまはしたり穏田あたりまでオタマジャクシをとりに行ったり、
さういふいたづらに余念がなかったが、夕方になつてつかれると家に帰った。
「幾人の子にまじれども吾子のこえ聞き違えずてじつと聞き居り」
青山の夕暮れは素晴らしかった。
空気は澄み、あたりは静寂で、刻刻と大自然は色を変へ形を変へて行った。
数羽の鳥が、あわただしく大空を飛び去って行った。それが渡り鳥であるといふことも母から教はった。
母は自然が詩のやうに美しいことを私の幼い心にしみこませた。」
ちょうど20数年前にお客様からいただいた手書きの地図(明治末から大正初期の明治神宮
も表参道もできていない頃)が太郎さんのこの時代と重なる。
この地図のおかげで太郎さんの家と山陽堂はご近所だったことがわかった。
『白い灯篭』 昭和11年頃の白い灯篭 『白くなくなった灯篭』
今も表参道をはさむように立っている大灯篭。
戦前できたばかりの頃は白かったと大正12年生まれの伯母は言った。
「ほんとに?」と思っていたら、幼馴染のお母さんが真白な灯篭の写真をくださった。
お舅さんが昭和11年ごろに撮影したとのこと。灯篭の作品も2点展示している。
『戦前ジオラマ』
青山通りを見下ろせるギャラリーの窓側には、
弓指さんによる昭和初期の青山通りのジオラマが置かれている。
窓越しに見える「松本文具」、和菓子の「紅谷」もある。
「戦前はこんなにいろんな商店が並ぶ通りだったのか」、
目の前の青山通りをタイムスリップさせてジオラマの通りに身を置いてみたくなる。
*ジオラマ制作のため参考にした昭和初期の地図は、
大正12年生まれの女性がお兄さんと思い出しながら障子紙に書いたもの、
お借りした時は巻物のようにくるくると小さくまとめられていた。
今回この地図のおかげで立体の作品になったことをお伝えすると
「目をつぶるとあそこの通りが浮かんでくるわ」と懐かしそうにおっしゃった。
B29折り紙ドローイング』 表参道が燃えた日
ギャラリーの天井を見上げると
小さな色とりどりの折り紙に描かれた飛行機が目に飛び込んでくる。
1945年5月25日の山の手空襲で飛来し爆弾を落としていった464機の飛行機だ。
*「表参道が燃えた日」という山の手空襲の証言集が2008年に出版され、
その後また証言が集まり続編も出版された。
『スーパーカーが行く』
山陽堂を背景にしたスポーツカーの作品もある。
1970年代後半、青山表参道はスーパーカーの聖地だったのだ。
*数年前、当時まだ小学生だった男性が「この場所はどこかわかりますでしょうか。」
と写真を手に立ち寄られた。
小学生の頃毎週のように青山表参道界隈に来てはスポーツカーの写真を撮っていたという。
青山通りがそのような場所であったことを知らなかった。
そのご縁で青山周辺の写真を送っていただき展示をさせてもらった。
太郎さんの幼い頃の記憶、お客様がくれた昔の写真や地図、昔青山に住んでいた方たちから聞き伝えている話、そういうことが弓指さんというフィルターを通したら思いがけない形で目の前に現れた。この世もあの世も今も昔も境界を越えて、いろな人やことやものが作品にはつめこまれている。芸術とかアートというと、それはなにかとっても高尚なもので近づきがたいという先入観があったのだけれど、弓指さんの作品はそういうことを取りはらってくれた。
◇岡本太郎記念館 中庭
『焼夷弾は街に一発も落ちない』
弓指さんは岡本太郎記念館の中庭で大きな作品を制作中だ。
タイトルは『焼夷弾は街に一発も落ちない』。
そこには手書きでこう書かれている。
「もしも、ぼくが山の手空襲に巻き込まれ、B29から落っこちてきた焼夷弾に当たったり、
焼かれたりしたとしたら死の間際『あれが降ってこなければ良かったのに』と思う気がする。
だからぼくはこの壁画では焼夷弾を受け止めてみたり、『ばかやろう』とぶんなぐってやろうと思う。
地上には降りそそがないようにしたい。」
作品は日々変化しつづけ、太郎さんが記念館の庭に植えた芭蕉の木、
その花や実の周りを飛び交うスズメバチ、バサバサと弓指さんの耳元で肉感的な羽音をたててとぶ黒アゲハも絵の中に飛び込んでいった。
必死で爆弾を受けとめる、払いのける、つかむ、ける、にぎる、なぐりとばす、母親、少年兵、少女、青年、子ども、
この世の人かあの世の人かわからない無数の手、街に爆弾を落とすまいと必死の形相だ。
先日訪ねたところ、足場も取れて「これから爆弾の落ちない街を描きます」と言っていた。
◇ののあおやま
ののあおやま 『あの日のタイル』
青山・善光寺のお隣り、都営アパートがあった立ち並んでいた場所に昨年5月小川の流れる小さな森
「ののあおやま」ののあおやま (nonoaoyama.com)ができた。
この場所で「あの日のタイル2021」の作品を展示。緑の中を散策しながら宝探しの様にタイルのオブジェを探し歩く。弓指さしにとっての「タイル」、今回の展示ではとても大事なもので、このようなことを語っている。
「満洲国や第二次世界大戦について作品を作り発表していく中で久保ヨシ子さんという当時19歳で大陸の花嫁候補だった方のお話を聞く機会があった。ヨシ子さんは山の手大空襲の後片付けに行ったと教えてくれた。僕は空襲といえば「東京は焼け野原に」と教わってきたので後片付けがあったなんて考えたこともなかった。更地になったわけじゃないんだ。全てが燃えたわけではなく、トタンなどすすけて燃え残ったモノがいっぱいあってそーゆーのを集めてどかして置く。死体はもう無かったとのこと。その作業をしていると所々に色づいて光るモノが目に入ってきて、何だろう、と良く見たらそれはタイルだった。中華料理屋だったタイルや風呂や洗面所だったタイルが空襲後も燃え残りカラフルに光っていて
『まぁ~~きれいだった~』と言っていた。『私が将来結婚して家を建てたら絶対タイルの家にしようって思った』とも教えてくれた。僕はとても大切な戦争の記憶だと思った。」
ののあおやまが昨年春にできてから気づいたことは、青山にこんなにも子供たちがいたということ。その子どもたちが楽し気に遊んでいる森や小川のそばに弓指さんのタイルの作品が点々とある。タイルにこめた想い、その時すぐにわからなくても、何年も何十年も経ったとき、その想いに触れることがあるかもしれない。
◇2021年8月30日配信メールマガジンより
『水の波紋展 2021 山陽堂書店130年の歩み feat.弓指寛治』
お元気でいらっしゃいますか。
ただいま、山陽堂書店ギャラリーではご近所のワタリウム美術館さんとご縁をいただきまして「水の波紋展 2021 『山陽堂書店130年の歩み feat.弓指寛治』」を開催しています。
この展示のきっかけは今年の5月末、『山陽堂書店130年 建物90年 ギャラリー10年』展の準備をしていた時にワタリウムの和多利浩一さんと画家・弓指寛治さんが立ち寄ってくれたことから始まりました。
弓指さんは第21回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)というコンペで2位の敏子賞を受賞されていて、ワタリウム美術館主催の「水の波紋展」http://www.watarium.co.jp/jp/exhibition/202108/ 参加するとのこと。
この時以降、弓指さんは山の手空襲の証言集『表参道が燃えた日』など青山関連の本を読んだり、山陽堂の展示に何度か足を運んで資料や写真を見にきてくれました。
今回の展示では、青山で育った岡本太郎さんの思い出や、戦前の青山通りの様子、青山が焼け野原になった山の手空襲、スポーツカーの聖地だった青山通り、それらが弓指さんによってこれまでにない形でギャラリーの空間に表現されています。
芸術とかアートというと、それはなにかとっても高尚なもので、近づきがたいという先入観があったのですが弓指さんはそういうことを取り払ってくれました。
弓指さんの作品は、岡本太郎記念館、ののあおやま、山陽堂書店の三か所で展示されています。このような状況ですが、お近くにお越しの際はぜひお立ち寄りください。
山陽堂書店
*「水の波紋展 2021 山陽堂書店130年の歩み feat.弓指寛治」
詳細はこちらから⇒ https://sanyodo-shoten.co.jp/gallery/schedule.html#1194
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水の波紋展 2021
会期:2021年8月2日(月)-9月5日(日)*山陽堂書店は9月4日(土)まで、入場無料。
開館時間:11:00-19:00
※ 一部の会場は開館時間が異なります。(ワタリウム美術館 :月曜休[8/9を除く]/岡本太郎記念館:10:00-18:00、火曜休 /山陽堂書店:平日11:00-18:00、土曜11:00-17:00、日祝休、8/8 - 8/15 休)
※ 入場料や事前予約が必要な作品がございます。
会場:東京・青山周辺 27作品(岡本太郎記念館 中庭、山陽堂書店、渋谷区役所 第二美竹分庁舎、テマエ、ののあおやまとその周辺、梅窓院、ワタリウム美術館とその周辺)
主催:ワタリウム美術館 お問合せ:http://www.watarium.co.jp/ tel:03-3403-3001
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