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2020年7月30日
山陽堂書店メールマガジン【2020年7月30日配信】
山陽堂書店ではメールマガジン配信しています。
配信をご希望される方は件名に「配信希望」と明記のうえ、
sanyodo1891@gmail.com(担当 マンノウ)までご連絡ください。

山陽堂書店メールマガジン【2020年7月30日配信】

みなさま

こんにちは。
先日の朝日新聞「男のひといき」欄に「ぬかみそデビュー」というタイトルで、
妻に代わりぬかみそ作りを始めた男性の楽しんでいる様子の投書がありました。
「取り寄せたぬか床に、昆布やキュウリ、ナス、カブ...」
そうそう、おもしろいんですよね。
八百屋さん行くと、「これは漬けられるだろうか」という目線(ぬかみそ目線)で野菜見ちゃいますよねぇ。
男性は86歳。
僕はデビューが20年早かったと思っていましたが、50年早かったのでしょうか。
ちなみに、前回ぬかみそについて書いた際(5月末)に「ぬか漬けは私も大好きで」と男性デザイナーさんからご連絡いただきまして、
おすすめですと教えてただいたミニトマトのぬか漬けを試したところ、これが美味でした。
僕は湯むきしてから漬けるのですが、皮のままでも良いようです。
夏におすすめです。
と、あんまりぬかみそが過ぎると何のメールマガジンなのだかわかりませんので、
そろそろ本の紹介を。

「サコ学長、日本を語る」ウスビ・サコ(朝日新聞出版)
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著者であるサコ氏はマリ共和国出身。
中国留学を経て日本に留学し、現在京都精華大学の学長を務めています。
ほとんどを割愛したこの経歴だけでもおもしろい予感がします。
家庭ではマリ式の生活を送り、通ったカトリックの私立小学校では西洋式(フランス)教育システムの中で学び、
大学時代は留学先の中国や日本で生活してきたサコ氏。
日本人女性と結婚し、大学教員として教育にも携わるようになり、
より日本の文化に根ざした日々を送るなかで、
日本の教育システム(主に語られるのは大学教育)や慣習への違和感に対して「なんでやねん!」と疑問を呈します。
そのツッコミはそのまま「本質的にどうなのよ?」と訊かれているようです。
サコ氏からしたら「なんでやねん!」な環境のなかで育ってきた自分や、
いま教育(や子育て)に携わっている人にとっては耳に痛いツッコミもありますが、
サコ氏の指摘がすべて正しいかはともかく、正しいかどうか、本質的に合っているかどうか省みてみることは大事だなと思いました。

長くなってしまうので、本に書かれていることと自分の経験とを一箇所だけ引用して話したいと思います。
サコ氏は6年間中学生にサッカーを教えていたことがあったとのことでした。
僕も大学4年間と、卒業してからしばらくブランクを挟んだのち今年の3月までの3年間、
週に1回小学生・中学生にサッカーを教えていました。
サコ氏は「練習には基礎よりもミニゲームを多く取り入れるのが好きだ。ミニゲームをやると、それぞれの子どもの面白さが出てくる。」といい、
ヘディング(頭でボールを扱う技術)できないスター選手もいるのだからと、
ドリル的な基礎練習よりも実践的なゲーム形式の練習を好む様子が書かれています。
僕はどうだったかというと、小学校高学年以上に教えるときには最初の10分を使って基礎練習をみっちり教えていました。
それは小学生の時に身につけた基礎技術がその後カテゴリーが上がっていったなかでも大いに役立ったからでした。
基礎があってこそ積み上げられるものがあると固く信じているところがありました。
選手たちのレベルと選手自身が求めているレベル、選手と指導者(コーチ)との関係などなど、
どのような練習をすべきかは複数の要素によるところもあるので、
サコ氏と僕のした指導のどちらが正しいかはわかりませんし、ここでそういった話をしたいわけではなく。
僕が思ったのは、
「自分がそのように指導されて良かったと思ったことが、必ずしも良いとは限らない」ということがわかっていたのかということです。
おそらく、指導していた時にそのことは頭になかったと思うので、それは良くないことだったなと反省しました。
自分のなかでの「当たりまえ」は、本当に厄介なもののひとつです。
解説では内田樹さんがサコ氏の視点の大切さをおもしろく説明してくれています。

〈今週のおすすめ〉
今回はひとり出版社 小さい書房の安永さんに新刊をご紹介していただきます。
安永さんのその明るいキャラクターに、山陽堂書店はいつも元気をもらっているようなところがあります。
小さい書房さんのHPで「立ったまま寝たことがある」と書かれていて、
「安永さんなら、たしかにありそうだなぁ」と思いました。(失敬)

『地球の上でめだまやき』(山崎るり子著・ 装画/牧野千穂)
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https://chiisaishobo.com/chikyunouedemedamayaki/
本書は、暮らしを詠んだ詩集で、
「べんとうばこ」「名前のない家事」「銅像」「娘とランチ」「目玉焼き」など約30編を収録しています。
山崎るり子さんの詩は、日常をていねいに味わう方法を教えてくれます。
小さなできごとに光をあてて、見えていなかったものを浮かび上がらせます。
折しもコロナ禍で日常の尊さに気づかされた今、
自分の暮らしや生き方を見つめるきっかけになれば幸甚です。
装画は、第50回産経児童出版文化賞ニッポン放送賞や、第40回講談社出版文化賞さしえ賞受賞の
人気イラストレーター牧野千穂さん。
贅沢な1枚絵のカバーも魅力です。

本をつくる時、頭の中にはずっとキャッチコピーを置いている。
コピーは企画当初から変わらない時もあるし、
原稿が完成した後に「これだ!」というベスト案が浮かぶ場合もある。
『地球の上でめだまやき』の企画をスタートしたのは去年の春だった。
暮らしのできごとを書き留める日記のような詩集をめざして、
著者の山崎るり子さんと手紙をやりとりし、一年かけて原稿が完成した。
(山崎さんはパソコンを使わない)。
いよいよ装丁の作業に入ったころ、コロナ禍が起こった。
東京では学校が休みになり、外出は自粛、買い物は三日に一度に制限...と、
あっという間に暮らしが激変した。
時間が止まったような中で、刊行へ向けて作業を続けた。
5月下旬にイラストレーターの牧野千穂さんからカバー用の原画を受け取り、
神保町の印刷会社に運んだ時の写真がこれ。

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緊急事態宣言下で、いつも混み合う車内はガラガラ。
ゴーストタウンのようだった。
車窓に目をやると、大きな原画を運ぶ私がぽつんと映っていて、
こんな異様な空気に包まれて本を作ることはもうないだろうな、と思った。
だからだろう。『地球の上でめだまやき』のキャッチコピーは、
自然に心に降りてきた。シンプルだけどこの言葉以外に見つからない。
――日常は、尊い――
『地球の上でめだまやき』(山崎るり子著・ 装画/牧野千穂)7月29日発行です。
どうぞよろしくお願いいたします。

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3階喫茶営業のお知らせ〉

座席数は4席です。

手洗いのご協力をよろしくお願い致します。 

【8月前半までの喫茶営業日】

・7月29日(水)13〜19時
・7月30日(木)13〜19時
・7月31日(金)13〜19時
・8月1日(土)11〜17時
・8月5日(水)13〜19時
・8月6日(木)13〜19時
・8月8日(土)11〜17時
ご入店は閉店の30分前までにお願い致します。
状況により営業日時が変更となることもございますが予めご了承ください。
※変更の場合は当店HPにてお知らせ致します。
山陽堂書店HP:http://sanyodo-shoten.co.jp/

◇第10回山陽堂ブック倶楽部(オンライン)
しばらくお休みしておりましたブック倶楽部(読書会)をオンラインで再開します。
参加者それぞれが本の感想を気軽に話す会です。

日程:8月31日(月)19時より20時30分頃まで
参加人数:8人
課題本:「青が破れる」町屋良平(文春文庫)
参加費はございませんが、次回9月のブック倶楽部より当店での書籍購入が参加条件となります。
申込方法:sanyodo1891@gmail.com(担当 マンノウ)宛てに「8月 ブック倶楽部参加希望」と明記の上ご連絡ください。
当日の参加方法等を折り返しお伝え致します。

〈作品紹介〉
この夏、彼女が死んで、友達が死んで、友達の彼女が死んだーー
秋吉、ハルオ、とう子、夏澄、梅生。5人の不定の生が紡ぎだす鮮烈のデビュー作。選考委員絶賛!第53回文藝賞受賞作。
町屋良平の文章には独特の味わいがある。
人によっては、それを斬新と感じたり、あざとく思ったり、賛否両論あるのではないだろうか。
あえてどのような文章とはここには書かない。ただ決して難しい文章ではないので、まずは読んでみてほしい。
芥川賞を受賞した『1R1分34秒』、そして『ショパンゾンビ・コンテスタント』と読み継いでいくと、ますますその文体の進化を感じ取ることができる。読み慣れていくにつれ、その味わいが心地よくなってくる。この"町屋文体"だからこそ伝わってくるものがある。
『青が破れる』はデビュー作であり、その文体の特徴も、まだそこまでとがっていない。
できれば、町屋良平のほかの小説もあわせて読んでみて欲しい。
上に挙げた2作品についても、読書会の中で言及されれば嬉しく思う。
特に『1R1分34秒』は『青が破れる』と一部地続きになっている小説なので、興味深く読めるのではないかと思う。
(山陽堂ブック倶楽部・ T.F)

【マグカップ商品名の訂正】
今月発売開始のお知らせをしました当店オリジナルマグカップのうち、
釣りをしているイラストレーションが描かれている方の商品名が誤って「孤島浪漫」となっておりました。
正しくは「孤島漫画」です。失礼いたしました。

来週のメールマガジンは8月3・5・7日の3日間に渡り、
今春の「山陽堂落語会」(延期)にご出演予定でした立川生志師匠・春風亭昇羊さん・三遊亭好二郎さんに登場していただきます。
今週も最後までメールマガジンお読みくださりありがとうございました。
本日の追伸は、「新しい生活様式 おばちゃんの声かけ編」の続編です。
3週間ぶりに訪れた家の近くにある"豆を売るお店"。
マスクを外して熱心に説明してくれたあのおばちゃんはどうしているのか。
(前回のおばちゃんとのやり取りについてはこちらの追伸でhttp://sanyodo-shoten.co.jp/blog/2020/05/2020528.html

それではまた来週のメールマガジンで。


山陽堂書店
萬納 嶺


追伸

「杞憂」という文字が入り口のガラスに浮かび上がっているようにさえ思えた。
ガラス越しに見るおばちゃんは独自の判断により、マスクなんぞはしていなかった。
(僕はそれでいいと思うし、店主それぞれの判断の是非についてここでは問題としない。)
ガラス戸を横に滑らせ入店する。
正面に並ぶ豆のなかから先日とは異なるふたつを選んで帳場へ持っていく。
「嫁さんにでも頼まれたのかい?」
前回と話の入り方が違うが、しかし。
「へー、自分で煮るの?はー、若い人が煮るなんて嬉しいよ」
この展開は、もしや。
それぞれの豆の煮方の説明が始まり、こちらが確信を得たころに予期していた言葉が続く。
「近所の退職したじいさんたちなんかも豆煮るようになってさ、」
そうそうそう、それでうまくできると?
「持ってきたりすんのよね!」
コントか?あるいは自分はいま夢のなかにいるのか?
一連のやり取りが前回(3週間前)とほぼすべて同じである。
ただ今回は、ひと通りのおさらいが済むと、おばちゃんの煮た豆が小皿に盛られて供されるという新展開があった。
昆布を早めに入れてしまうと溶けてしまうので、豆が八割がた煮えたところで豆に刺すようにして縦に昆布を入れるらしい。
甘く煮た大豆はつやがあって、ほくっとした食感。
とろりとやわらかくなった昆布と絡めて食べると、これがまた美味い。
「豆売ってる人間がうまく煮えないとね!」
にんじんなどの野菜とは一緒に煮ないというのがまたこだわりだと言う。(とにかく元気に)
このまま黙っていて良いものかと、良心?の呵責もあって、
今日が2回目であること、そしておばちゃんは前回も熱心に教えてくれたことを伝える。
「あぁそうだったっけね!」という、ちょっと思い出したとも、まったく思い出していないともとれる生煮えな言葉が返ってくる。
豆を食べ終え、また来ますと言って店を出ようとすると、
おばちゃんは「ありがっとーございまっしたー!」と、ぺこりとかわいく頭を下げた。
初めて耳にする音の区切り方に調子を狂わされながら店を出る。
(おかげさまで前回聞きそびれた豆の名を、今回もまた聞きそびれた。)

どうも毎回の体験がこってりし過ぎている。
今度はさらっと行って、さらっと買い物を済まそう。
そうは思いつつも、それはすべておばちゃんが決めることである。
2020年7月22日
山陽堂書店メールマガジン【2020年7月22日配信】
山陽堂書店ではメールマガジン配信しています。
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sanyodo1891@gmail.com(担当 マンノウ)までご連絡ください。

山陽堂書店メールマガジン【2020年7月22日配信】

みなさま

こんにちは。
お元気でしょうか。

2020年(令和2年)の今年から、10月の第2月曜日に制定されていた「体育の日」が7月の第3月曜日に改められ、
名称も「スポーツの日」に変更されました。
※2020年に限りオリンピック開会式と合わせて7月24日(金)になったとのこと。
祝日だけに限らず、団体・大会の名称が「体育」から「スポーツ」へと変更されることに、
「カタカナ好きな、あの感じ?」と斜に構えていたのですが、そうではないようで。
「スポーツ」という言葉が使われる、その方が良い理由があるように思いました。
『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』玉木正之著(春陽堂書店)
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まえがきに、スポーツは「文化」であり「体育」とは本質的に異なることが書かれています。
そこから本のタイトルにある通り「スポーツとは何か?」という問いが投げかけられ、
スポーツが民主主義社会からしか生まれないことや各競技のルールも含めての成り立ち、
ドーピング問題、オリンピックなどなど、話が広がっていきます。
個人的に気になっていた「eスポーツはスポーツなのか?」という疑問に対しては、
スポーツ(SPORTS)の語源がラテン語のデポルターレ(DEPORTARE)で、
原義が「日常的な生活(労働や仕事)から離れた非日常の時空間」を意味することを踏まえるとスポーツといえるものの、
やはりスポーツとはいえないのではないかとする筆者の理論的・感覚的根拠が示されます。
「身体を通じたコミュニケーション」がスポーツの大事な要素のひとつなのではないかと頷きました。

これまで親しんできたスポーツというものの認識を半分くらい改めることにもなりましたが、
その内容に納得できたのは学生時代に所属した各サッカークラブが"スポーツ"的な指導をしてくれたからかもしれません。
"体育"的な指導も必要だと思っていますが、その比重が大きくあるべきではないというのが僕の考えです。

補足情報として。
本のなかで紹介されている市川崑監督の映画「東京オリンピック」が良かったです。
1964年の東京オリンピックの公式記録として撮られた映画のなかのオリンピックが、
僕の目には「最高峰の運動会」に映りました。
当時の選手の体つきは、いま僕らが目にしている現役の選手とは違い、親近感を覚えるというか。
東洋の魔女も「町の1丁目から6丁目の運動神経の良い女性を集めました!」という雰囲気。
(偉業を成したことへの敬意は込めたうえで言っております。)
記録やパフォーマンスが向上したいまのアスリートと比べてどちらが良いのか、
比べることでもないように思いますが、もうあの頃のオリンピックではなくなってしまったことは確かなことのようです。
2時間50分と長いので、ご覧になる方はだらりと観ることをおすすめします。


3階喫茶営業のお知らせ〉

座席数を4席です。

手洗いのご協力やお手拭きの提供は控えるなど、

ご不便おかけいたしますが、ご理解いただきますようどうぞよろしくお願いいたします。

 

7月後半 喫茶営業日】

722日(水)1319

725日(土)1117

729日(水)1319

730日(木)1319

731日(金)1319

81日(土)1117

 

ご入店は閉店の30分前までにお願い致します。

状況により営業日時が変更となることもございますが予めご了承ください。

※変更の場合は当店HPにてお知らせ致します。

山陽堂書店HPhttp://sanyodo-shoten.co.jp/

 

今週も最後までメールマガジンお読みくださりありがとうございました。

本日の追伸は、「渋谷区陸上記録会」です。

良い連休をお過ごしください。

それでは、また来週のメールマガジンで。

山陽堂書店

萬納 嶺

追伸


いまはどうなのかわからないけれど。
渋谷区の公立小学校に通っていた僕たちは6年生になると区内の全小学校が集う陸上記録会で国立競技場を走ることができた。
(国立競技場のある新宿区の小学生もそうかもしれない)
生徒全員が何かしらの種目に出場することができ、僕は走り高跳びとリレーに出場することになった。
(ちなみに、中学でも同様の陸上記録会があるが、こちらは選抜された者だけが出場し、他の生徒はみなスタンドで応援するのみ。
中学生になって身体能力が秀でている方ではなくなったので、僕は同級生や同校の先輩・後輩の活躍を中学3年間眺めるだけだった。)

専門で取り組んでいるわけでもない小学生の走り高跳びなので背面跳びではなく、
跳躍は左右の足を交互に思いきり振り上げてバーを越えるはさみ飛び。
腹の面を下にして体を回転させて越えるベリーロールでもなかった
身長が大きくものをいう勝負で優勝したのは、案の定170cmはあろうかという大きい小学生だった。
パッとしない順位で走り高跳びを終えると、気持ちは陸上記録会最後に行われるリレーに向いた。

リレーでは各校から選抜された4人がトラックを1周して順位を競う。
我が校メンバー4人のうち、僕を含む3人は普段から一緒にいることが多かった。
3人の仲を象徴する行為として「肩を組んで歩く」というものがあった。
これは文字通りで、校内の廊下や校庭、学校の帰り道、一緒に行った旅行先など、とにかくどこでも僕らは3人で肩を組んで歩いていた。
それは通行の妨げになっていたはずだし、自分たちにとっても移動はさぞ不便だったのではないかと思う。
互いに何を確かめ合うためにそのようにしていたのか、肩を組まなくなって久しい今となっては見当もつかないが、とにかくそういう仲だった。
話が逸れてしまった。
この3人と、6年生になってから急に足が速くなったK君が、校内で計ったタイムを基準に選ばれた4人だった。
バトン受け渡しの練習を重ね、指導を担当する先生により走る順番が決められ、僕は最後にバトンを託されることになった。

昼食が済むと、各校のリレーに出場する生徒が集められ、第1走者から順に陸上トラックを移動して位置についた。
僕が走るのはメインスタンド側の直線100メートル。

レースが始まった。
僕らの第1走者の快走が遠くからも見えた。
バトンが渡されるタイミングで1位だとわかる。
第1走者から第2走者へ。
リードは守られている。
第2走者から第3走者へ。
練習から僕らのバトンの受け渡しはうまくやれていた。
この日もうまくいっている。
第3走者から僕へ。
誰にも抜かれずにきていた。
彼が迫ってくるのに合わせて走り出す。
後ろに伸ばした手に触れたバトンを握る。
100メートル。

僕たちは3位だった。
僕はそのままクラスメイトの居るスタンドに戻ることができず、3人に謝ってからトイレに向かった。
1番早く届けてくれたバトンだったのに。
僕まではすべてうまくいっていたのに。

トイレから出ると、そこに3人がいた。

2位だったのか3位だったのかが思い出せず、この追伸を書くために3人に連絡をした。
ひとりは「実家に帰る用があるから卒業文集を見てみるよ」といい、
ひとりは「3位だった気がする。(萬納を)かなり励ました記憶がある」といった。
もうひとりからは「え、全然覚えてない」と返ってきた。
家に帰ってから探してみると、文集はすぐに見つかった。
「全然覚えてない」と言った彼のページを開いてみる。
「リレーの練習では、ぼくはバトンパスが下手で一番手にまわされた」と書いていて、
20年後にまるで覚えていない人の言葉らしいなと笑ってしまった
自分でも書いていたことをすっかり忘れていたけれど、僕もこの日のリレーのことをそれは悔しそうに書いていて、
他ふたりもまたリレーのことを書いていた。
励ましたことを覚えていた彼は、閉会式のときには僕が元気を取り戻していた、なんてことまで書いている。
元気だった記憶はまったくないけれど、そうだったというならば、それはまぁ君たちのおかげである。
2020年7月16日
山陽堂書店メールマガジン【2020年7月16日配信】
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山陽堂書店メールマガジン【2020年7月16日配信】

みなさま

こんにちは。
最近はもう、雨であろうが「走る」と決めた日には走るようにしています。
決して強迫観念的に走っているわけではないのですが、
走りながら考えごとをするのが好きなので、
精神衛生上の理由からも「1週間にこれくらいは走りたい」という走量があるのです。
(今日の追伸タイトルも走りながら決めました。)
走る走るとうるさいですね。すいません。
(うるさいといえば、今日は青山通りを走る車の音の合間に蝉の大きな声が聴こえます。うるさい、というより嬉しいです。)

さて。
昨年の春に手に取った一冊の本。
子どもが生まれた友人夫妻に贈ろうと家に持ち帰ってから考えました。
「彼らの家には定期的に遊びに行っているので、僕もその成長を(断片的にではあるけれど)目にすることになるよな」
じゃあ、僕が20年書くか。
そんな遊び心から、僕がこの本の作者になりました。(ずいぶんと勝手に)
「BIRTHDAY BOOK 20歳のあなたへ」イラスト 白井匠 / デザイン 小林祐司 / 編集 谷口香織(雷鳥社)
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この本は「子どもの成長を20歳まで記し、成人したときにプレゼントするメッセージブック」というのが趣旨。
書き手が気軽に臨めるよう("書くこと"に迫られることのないよう)にデザインやレイアウトが工夫され、
「1年に1回だけ誕生日に記録する」ことで完成するようになっています。
20歳になった相手(たいていは我が子ですね)にはカバーを外して、布張り箔押しの大人っぽい仕様で渡すこともできます。
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本を手にしてからこれまで、僕は3、4回ペンを取って書き進めているのですが、書いていることといったら、
子どもが生まれる前に夫妻と行ったハンバートハンバートのコンサートが楽しかったこと、
彼(お父さん)と結婚式2次会で一緒に司会をしたこと(彼はだいぶふざけた司会者でした)、
夫妻の家に遊びにいくといつも美味しいごはんがでてくることなど
彼女(娘)の成長とは何ら関係ないことも多く含まれています。
これも前触れなく書かれる「僕が日々の生活で思ったこと」などは、彼女からしたらいよいよわけがわかりません。
最近になり二語文を話すようになった彼女。
これから彼女とのコミュニケーションが変化していくことを鑑みると、
必然彼女についての記述は今後増していくように思いますし、そもそもの動機が「20年かけて遊んでみる」なので、
とりあえずいまのところはこんな調子でも許してほしいと思っています。

果たして20歳になった彼女はどのような心持ちで受け取ってくれるのか。
もしかしたら受け取ってもらうことすら叶わないかもしれません。
「ときどき遊びに来るおじさんが書いた成長の記録(とその他多くの雑文)」
書いている自分ですら「なにそれ...」ですから。
書き終えた1冊を肴に夫妻や彼女とお酒を酌み交わすことを大きな楽しみとしているのですが、
「ちょっと、気味が悪いです」なんて突き返されたら、その日はひとり荒れた酒に溺れることになるのでしょう。
どうか、夫妻にはこういうおじさんにも優しい子に育てていただきたい。そう願っています。

〈今週のおすすめ〉

今回は商談会や本のイベントでも度々顔を合わせることのある偕成社 販売部の高安麻里江さんに紹介していただきます。


「密?!」
春から新一年生になった娘。今年はコロナの影響で、新学期のスタートが遅れたので、
桜咲いたら一年生〜ではなく、紫陽花咲いたよ一年生〜てな感じのヘンな感覚。
普段から仕事でバタバタしている私は、仕事でも会社でもなんだか外でいつも走っているのだけど
今年の春は、バタバタバタ子さんになる時間も少なく、おうち時間がメインとなり、ヘンな感覚。
今まで、毎日の保育園も一番最後にお迎えの子だった娘は、明るいうちからご飯の支度をしている私を見て不思議そう。
でもヘンってなんだろう。いまはこっちの時間の使い方の方が普通になってきた。
見方を変えるとヘンも普通も紙一重。じゃあちょうどいいってどれぐらい?

コロナで三密を避ける行動を促されながらの小学校生活は、友達とのハグは禁止。
お遊戯遊びもエアータッチ、給食時間も無言で食べるのだそう。
そんな娘は、おままごとでお人形を並べながら「密だからちょっとはなれますよ~。マスクしなきゃだめよ~」と言いながら楽しそうに遊んでいた。
(そうそう、やりにくさの中でも柔軟に対応する子どもたちってやっぱりすごい
ある日、ママ友とZOOMお茶会ってのがあるらしいからやってみよう!とドキドキしながら初めてやってみた。
その横で娘とお友達がZOOM越しにオンラインおままごとをはじめていた。
おみせやさんごっことお医者さんごっこを何不自由なく成立させていた。昭和の母たちびっくり。
先生も生徒も親も通りすがりの知らない人も、マスクをして頑張る毎日ですが、
子どもたちにとっての毎日に、物理的な距離だけではない「ちょうどいい」という心の距離感や、
あったかくて楽しい「密」の感覚がちゃんと存在しますように。
だから今、この本~。
絵本作家五味太郎さんの『つくえはつくえ』(偕成社)
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https://www.kaiseisha.co.jp/books/9784033328409
三密を避ける行動が叫ばれる今、この本に対して作者の五味太郎さんからこんなメッセージをいただきました。
「ちょうどいいのは ちょうどいい。でも なにに  ちょうどいいのかな?」
そういえば、在宅勤務中のFMラジオから、五味太郎さんの声が聞こえてきた。
テーマは、今だから考えてみる自分らしさ。
「休校中の子どもたち。今はチャンス。すべてのものを自分にとってどうなのか?
自分なりの自由や考えを見つけ、考えるチャンスだ」と。
大人こそ、ですね。

おまけ

娘は「在宅勤務」を「在宅KING」だと聞き間違えて、家で仕事をする私を王様だと思っていたようです。

(偕成社 販売部 高安麻里江)

ままごとの様子や付記されていた、おまけの話に思わず笑ってしまいました。

〈3階喫茶営業再開のお知らせ〉
休業しておりました3階喫茶営業ですが、今週7月17日(金)より再開致します。
座席数を4席にし、手洗いのご協力やお手拭きの提供は控えるなど、
ご不便おかけいたしますが、ご理解いただきますようどうぞよろしくお願いいたします。

【7月後半 喫茶営業日】
・7月17日(金)13〜19時
・7月18日(土)11〜17時
・7月22日(水)13〜19時
・7月25日(土)11〜17時
・7月29日(水)13〜19時
・7月30日(木)13〜19時
・7月31日(金)13〜19時
・8月1日(土)11〜17時

ご入店は閉店の30分前までにお願い致します。
状況により営業日時が変更となることもございますが予めご了承ください。
※変更の場合は当店HPにてお知らせ致します。
山陽堂書店HP:http://sanyodo-shoten.co.jp/

今週も最後までメールマガジンお読みくださりありがとうございました。

本日の追伸は、「でてきちゃった屁」です。

それではまた来週のメールマガジンで。

山陽堂書店

萬納 嶺

追伸


五味太郎さんの「ことわざ絵本」という本がある。
右のページにことわざとイラストレーションがあり、
左のページには「つまりこういうこと」と、そのことわざをあらゆる場面に例えた五味さんオリジナルのことわざが
こちらもイラストレーションと合わせて表現されている。
ことわざの例え方がおかしくて、小学生になってからも飽きることなく何度も読んでいた。
僕が昔読んでいたその本を、甥っ子に渡すとかで母が実家の本棚から持ってきた。
久しぶりに本を手にしてみて、あの時覚えたことわざのいくつかを思い出す。
思えば、ことわざのおもしろさやその意味、語感の心地良さはこの本に教えてもらった気がする。

昨年のこと。
五味太郎さんをまちでお見かけし、言葉を交わす機会があった。
(五味さんを知る方と僕は一緒に歩いていた)
噂に違わぬ格好良さと
「五味さんの本でことわざ覚えました」と、何かひとつでも本のなかのことわざを伝えようと思ってでてきたのが、
「あのあれです、『屁のないところにあぶくはたたぬ』とか、とてもおもしろかったです!」だった。
(「火のないところに煙は立たぬ」が例えられ、プールの中であぶくを出す少年が描かれている)
五味さんは優しく聞いてくれていたけれど、帰宅してから「あそこで屁がでちゃうか...」と、
人生の恥をまたひとつ増やしたことを後悔した。
2020年7月 9日
山陽堂書店メールマガジン【2020年7月9日配信】
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配信をご希望される方は件名に「配信希望」と明記のうえ、
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山陽堂書店メールマガジン【2020年7月9日配信】


みなさま

こんにちは。
天気予報がなかなかあてにならない日々を、
みなさまいかがお過ごしでしょうか。

先日、愛聴している(といっても2ヶ月前から)ラジオ番組「安住紳一郎の日曜天国」(通称 ニチテン)の番組終盤で、
安住アナが読みあげた女性リスナーからの投稿はこういった内容でした。

施設に入所するその女性の祖母はもうすぐ109歳。
数年前から少しずつものを忘れることが増えてきたある日。
「どちら様?」と、孫であるその女性のことも認識することができなくなってしまいました。
女性は悩みながら、孫としての自分を忘れられてしまっても会いに行き続けることにしました。
しかし、その後も状況が良くなることはなく、祖母は一緒に暮らしていた時代のことも忘れていってしまいます。
祖母に最後に残った記憶は、幼かった時分に過ごした故郷の記憶でした。
女性はそれを好機とみて「故郷から来た親戚の人」になることにしました。
「また会いに来てくれたんだね」と言ってくれるようになった祖母。
孫ではなくなったけれど祖母の友人になれた女性。
「また忘れられてしまっても、再び友人としての関係を築き直せばいいのです」と女性の投稿は締めくくられました。

同じような経験をされたという安住アナが話される様子もまた印象に残りました。
この日の番組投稿テーマは「最近嬉しかったこと」でした。

「とんでいった ふうせんは」ジェシー・オリベロス 文 / ダナ・ウルエコッテ 絵 / 落合恵子 訳(絵本塾出版)
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みんなそれぞれに持っている「おもいで」がつまっている「ふうせん」。
ながくいきているおじいちゃんはたくさんのふうせんをもっています。
でも さいきん おじいちゃんのふうせんが おじいちゃんのてをはなれてとんでいってしまう。
とうとうぼくたちふたりのおもいでのふうせんまでとばしてしまったおじいちゃん...
「ぼくたちの ふうせんなのに!なんで?」
かなしんでいた ぼくだったけれど...
忘れられ、その手から離れていった大切なもののひとつひとつも、ぼくたちのなかに残されている。
いつかそのことに気づくのだと思います。

〈おすすめ本〉
「黒い森」折原一(祥伝社文庫)657円+税
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「ママ、いっしょに本読もう。」
ここ数日、高校生の娘から寝る前にお誘いが来る。 
お風呂に入るときにも手放さなかったスマホが文庫本に変わっている。
自粛期間中一冊も本を読んでいなかったのに学校が始まり、いつものペースが徐々に戻り、
「さあ、本でも読もうかな」とホコリをかぶった本を読み始めた。
本を読む私の横で「ドキドキする!」と言いながら袋とじを破る娘。
そう、この文庫本は表からでも裏からでも読んでよし。
ただし袋とじは両方を読んでから封を開けること。
「きゃー、うそ!そうきたか。」
そんな声を横に私の読書タイムも破られたが袋とじをテープで貼って私も読んでみたくなった。
(山陽堂書店 林)


今週も最後までメールマガジンお読みくださりありがとうございました。

本日の追伸は、「中国でwada!」です。

それではまた来週のメールマガジンで。

山陽堂書店

萬納 嶺


追伸


中国の北京に滞在していたときのこと。
大きな歩道橋の上から見える人工芝のグランドでサッカーをしている人たちの姿が目に入った。
しばらく眺めてみた限り、なかなか上手い人もいる。
歩道橋の名前と大きく掲示されている「东単体育中心」(訳すと「東単スポーツセンター」だろうか)を紙にメモしてその日は宿に戻り、
後日そのグランドに出直した。

(たしか)入り口でいくらかを支払ってなかに入ると、
4面くらい分けられた人工芝のグランドで多くの人がサッカーをしていた。
そのうちの、「成年たち且つ飛び入りでも参加できそうなところ」に見当をつけて声をかけた。
自分も入れて欲しい旨を伝えると、「日本人(リーベン)か?」と、40歳くらいの体つきのいいおじさんに尋ねられた。
「そうです」と伝えると、「ふんっ」といった態度でそっぽを向かれてしまった。
「ダメなんですか?」と周囲にいた他の人たちに尋ねると、
英語を話す人たちがいて「大丈夫、入りな」と言ってくれた。
そっぽを向いたおじさんも「お前ら(みんな)がいいなら別に好きにしな」というふうだった。
(あくまでおじさんの雰囲気と表情からの推測ではあるけれど)

ちなみに、その時はちょうど中国国内での反日運動が盛んに報じられていた2012年の夏ごろ。
それでもまちなかで日本人だと知られて嫌な思いや怖い思いをしたことはなかった。
饅頭の行列に並んでいるときなどは、僕が少ししか買わないと知ったおばちゃんが
「この子に先に買わせてやって!」みたいなことを前方の人たちに言ってくれ、
さすがに恐縮してしまったけれど、10人抜きで購入させてくれるようなこともあった。
(おばさんたちはみんな10個単位で袋いっぱいに買っていた)

おじさんの態度には面食らってしまったものの、
こちらがある程度ちゃんと動けることがわかるとみんな何となく受け容れてくれたようで、
プレーの中でそれを感じられるようになってからはより一層楽しむことができた。
しばらくサッカーをしていると、ある状況において使われる馴染みある音の単語が耳に入ってくるようになった。
シュートミスをしたときだったか、パスをミスしてしまったときだったか。
彼らを真似て「あぁ! wada!」と言って味方のひとりに謝った。
すると一瞬(本当に一瞬)、敵味方に関係なくたくさんの視線がこちらに向けられた。
その試合が終わり、給水休憩になったタイミングで英語を話すひとりが声をかけてきた
「お前、wadaって言ってたな。中国語分かるのか?」
「わからないけど、自分のミスってことでしょ?みんなミスするとwada!wada!って言うから」
「そう、my mistakeってことだ」
彼は笑ってそう言った。

ずいぶんあとになって知ったことだけれど、僕が聞いて真似た「wada」は漢字で「我的」(発音記号だと Wǒ de)と書き、
正確な意味としては「my」のみ。
試合中は「我的」に「my mistake(自分のミス)」まで意味をもたせて使っていたのだった。

北京滞在中、数度この东単体育中心を訪れてはサッカーを楽しんだ。
何度か顔を合わせるうちに、帰り道が同じ方向の人が自転車の後部に乗せてくれ、宿近くまで送ってくれたりもした。
「东単体育中心」でのサッカーは、旅行中の出来事の中でも特別楽しかったことのひとつとして記憶されている。
2020年7月 2日
山陽堂書店メールマガジン【2020年7月2日配信】
山陽堂書店ではメールマガジン配信しています。
配信をご希望される方は件名に「配信希望」と明記のうえ、
sanyodo1891@gmail.com(担当 マンノウ)までご連絡ください。

山陽堂書店メールマガジン【2020年7月2日配信】


みなさま

 

こんにちは。

いかがお過ごしでしょうか。

さて、3月末から山陽堂書店2階ギャラリー(GALLERY SANYODO)はしばらく休廊しておりましたが、

来週77日(火)より「安西水丸 七夕の夜⑩ 和田誠さんとの作品」を開催致します。

 

「安西水丸 七夕の夜⑩ 和田誠さんとの作品」

和田誠さんとの共作を中心に展示致します。

会期:77日(火)〜718日(土) 日・祝休

開廊時間:1117

期間中は土曜日も営業致します。

七夕の夜⑩2020.7.jpg

 

毎夏の展示「七夕の夜」10回目となる今回は、安西水丸さんが当ギャラリーで展示をしてくださるきっかけをつくってくださった、

新潮社 編集者である寺島哲也さんに言葉を寄せていただきました。

 

"安西水丸 「七夕の夜」10回に寄せて 

新潮社 寺島哲也(編集者)

 

 誰の人生にも、忘れられない光景がある。 

 僕にとって、安西水丸さんと表参道の山陽堂書店を訪ねた2011年の冬の午後は、間違いなくその一つである。

この年の春、創業120年を機に山陽堂書店は店を改装し、2階と3階にギャラリーをオープンすることになっていた。新しく表参道でギャラリーを始めるのは容易なことではない。僕は山陽堂ファンの一人として何かできないかと思っていた。

というのも、いま書店の五世代目として活躍する萬納嶺君と僕の次男は小学一年からずっと同じサッカーチームという縁があり、青山には新潮社で編集担当する村上春樹さんの事務所があった(安西さんも和田さんも青山周辺に事務所があった)。店主の萬納幸江さんはじめ、満枝さん、秀子さん・優子さん・美和子さんの三姉妹が切り盛りする山陽堂書店はいつも笑顔にあふれていて、本を買いに来る常連の方々と同じように、大切な「こころの交差点」だった。

ちょうどその時期、僕は『村上春樹 雑文集』というエッセイ集で、安西水丸さん・和田誠さんの「あとがき対談」を編集していて、神宮前にある安西事務所に行く機会が多かった。

僕は長女の秀子さんに、「いつか安西水丸さんや和田誠さんが個展を開いてくださるようなギャラリーになればいいですね」と話していたこともあり、ある日、思い切って水丸さんに個展の相談をしてみた。

水丸さんは「よく時刻表を買いに行くんですよ。僕はあの店のお母さん(萬納幸江さん)が大好きでね」と語りつつ、「この時代にギャラリーを開くのはたいへんだから、やめたほうがいいんですけどね。でも一度行って、少し話をしましょうか」と言ってくれた。

その言葉通り、しばらく経った冬のある日、水丸さんは山陽堂を訪れて、様々な話をしてくれたのだった。

使い込まれた机や荷がほどかれていない雑誌や文具が置かれた書店の地下階にある小さな部屋で、水丸さんは、いつも自転車で時刻表を買いに来ることや、店で幸江さんに声をかけられて嬉しかったこと、そして少し真顔になって、画廊のむずかしさを諭すように話した。

しかし、少年の頃、自宅のあった赤坂見附と渋谷の間を、都電(青山線)に乗って山陽堂前を通った思い出を懐かしそうに語りながら、水丸さんの声はどこまでも温かかった。

楽しい語らいは二時間近く続いただろうか。多忙をきわめていたはずの「安西水丸画伯」は、青山界隈の昔話をしながら、「僕で良かったら、一年に一度くらい展覧会を開いていいですよ」と微笑んだ。

「いいんですか、本当に!」と何度も目を丸くした遠山さんの表情は忘れられない。

 2011年7月の第一回展に始まり、その後、水丸さんと山陽堂ギャラリー、ご家族(幸江さんのお孫さんたちとも)との交流も深まっていく。翌年の9月には和田誠さんとのトーク・イベントが開かれた。お二人の映画やイラストレーションをめぐる話は、山陽堂のギャラリー・トークならではの親密なものだった。

春と夏の企画展やSIS安西水丸指導の山陽堂イラストレーターズスタジオ)の開設、磯田道史さんや綿矢りささんも参加して下さったトーク・イベントなど、水丸さんの個展にはたくさんの方々が訪れた。

そんな思い出の詰まった"安西水丸 「七夕の夜」"が10回目を迎える。

 

水丸さんが亡くなって六年、SISを引き継いだ長友啓典さんは三年前に、和田誠さんも昨年惜しくも亡くなった。だが、その思い出はいつまでも尽きることはない。

安西水丸さんにしか描けない温かみのある線、ほんのり鮮やかな色彩、白壁に映える額装。窓の外から街のざわめきが微かに聞こえるトーク・イベントの光景は、まるで短編映画のシーンのようだ。

七夕の夜、耳を澄ますと水丸少年が乗った都電が、がたんごとんと青山通りを行く音が聴こえそうな気がする。

 

             な      夢   

 

僕の大好きな安西水丸さんの句である。

今年もまた、その思い出とともに、夏が来る。

 

 

寄せていただいた言葉の冒頭にあります通り、寺島さんとは約25年前に「チームメイトのお父さん」として出会いました。

寺島さんの次男がキャプテンで10番(の坊主刈り)、僕が8番(のベリーショート)。

(僕もかなり髪は短かったですが、ここは明確に分けさせていただきました)

寺島さんに金沢文庫のグランドまで連れて行ってもらったときのこと、

京急線に揺られながら「15分座って眠ると頭が冴えるんだよ」と教えてもらったことなどを思い出します。

「てらのお父さん」から「寺島さん」になりましたが、小学生の頃から変わらずお世話になっています。

ちなみに、次男の彼は高校生3年時にキャプテンとしてチームを率い、

下馬評を覆して東京都予選を勝ち抜いて全国高校サッカー選手権大会に出場。

"持っている"彼は開幕戦を引き当て、冬の国立競技場で躍動していました。

母校サッカー部では伝説のキャプテンとして名を残しています。

 

今回は来週からの展示のご紹介でした。

今日の追伸は、山陽堂書店 遠山がお届けします。

今週も最後までメールマガジンお読みくださりありがとうございました。
それではまた来週のメールマガジンで。

山陽堂書店

萬納 嶺


追伸

 

ギャラリーに改装するする前、今から10数年前のこと、

安西水丸さんが来店された。

レジで応対していた母は何を思ったか

「安西水丸さんでいらっしゃいますよね」と話しかけた。

私はその様子を

「ああ~おかあさん、またあんな風に話しかけちゃってえ」とちょっと離れたところから眺めていた。

水丸さんがどう思われたかはわからないが、

「おかあさん、話しかけられたくないお客様もいるんだから」と母に言った覚えがある。

あとで母に声をかけた理由を聞いたところ、芸術新潮に水丸さんのことが掲載されていて、

「こういう人とお話してみたい」と思ったからだという。素直な人である。

 

なぜ街の小さな一書店が、安西水丸さんに個展を開催していただけるようになったのか、

疑問に思っている方もおられることと思う。

その理由は新潮社の編集者寺島哲也さんが寄せてくださった「安西水丸展『七夕の夜』第10回に寄せて」に。

つながりの不思議を感じる。

 

後日談、それから4、5年経ったある日私は水丸さんに

あの時の母の行動をどう思われたかと質問した。

水丸さんはよく覚えていたようで、

私が「話しかけられたらいやな人もいるじゃないですか」と言うと

水丸さんは「いやですよ、でもうれしかったですよ」と笑いながらおっしゃった。

 

「私はまだ水丸さんとちゃんと話をしていない」と水丸さん亡き後母は残念そうに言った。

水丸さんとは一言二言しか交わすことのできなかった母だが、

水丸さんの横で満面の笑みで写っている母の写真が残っている。

(山陽堂書店 遠山)

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