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2021年7月 9日 更新
『青の時代』安西水丸著 クレヴィス刊 1,980円(1800円+税)
『青の時代』によせて

もともと「安西水丸」の名は、父がイラストレーターになる前のサラリーマン時代に
漫画を描く時に名乗っていたものです。
当時同じ出版社で働いていた嵐山光三郎さんに勧めていただき、
漫画雑誌『ガロ』に描くようになったことがきっかけでした。
その頃『ガロ』といえば、個性あふれる漫画家を次々に輩出していました。
後に有名な漫画家、イラストレーターとなった方も多くいらっしゃいます。

「青の時代」の舞台は、主に千葉県の房総半島の南部に位置する海辺の町です。
病弱だった父は幼少期から中学校を卒業する頃までをこの町で過ごしました。

大人になる前に誰もが通るこの時期は、とても不安定であやうい要素を持ちあわせています。
少年が大人へと成長していく過程は、少女が成人女性になっていくのとは
また違った時間の流れがあるようにも思います。長い人生のなかでははかないひとときでしょう。
この子どもでも大人でもない宙ぶらりんの時間が、独自の感性によって切り取られていきます。

夜空に朝日が差し込む少し前、空は深いブルーに染まります。
この目を奪われる色はわずかな時間にしか見ることはできません。
人生におけるその特別な時間を父は表現したかったのではないかと思うのです。

イラストレーションと言葉によって紡ぎ出される世界はいま読み返しても詩情にあふれ、
読む側の感性を刺激します。

ピカソが青い色調で描いていた初期のスタイルが青の時代と言われることはよく知られています。

親友の自殺の後、人生のままならない側面をピカソは青色を巧みに用いて描いていきました。
時代を越えても、人それぞれの心のなかに刻まれた風景が何かしらあるものではないでしょうか。
父にとって、もっとも多感な時期に目にしていたのがこの海辺の町の景色でした。
子どもの頃から描くことの好きだった父は、時間を見つけては絵にしてきたと言います。
ときには心象風景を描くこともありました。

この作品のなかでは、のちにイラストレーターになる「安西水丸」の原点のようなものが
ちりばめられているのを感じられることと思います。
この作品をお読みになったあとに、
父のイラストレーションを目にするとまた新たな発見があるかもしれません。

陸と海のはざまにあるこの地で、父は何を思い何を夢見ていたのでしょう。

この町の海には何度も父に連れて行ってもらいました。
岩場のまわりを一緒に泳いだり潜ったりしたものです。

作品のなかの海辺の風景からは当時の様子が思い出されてきます。
くり返す激しい波が押し寄せては、またブルースピネルの海に帰っていくのが目に浮かぶようです。

                                   安西カオリ エッセイスト


                                -『青の時代』によせて  より 

2021年7月17日17時まで
「安西水丸個展『七夕の夜⑪』」開催中。