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2012年9月 2日 更新
第11回小林秀雄賞受賞『小澤征爾さんと、音楽について話をする』新潮社1680円
 小澤征爾さんの『あとがきです』より

(前略)
 我が家でただ一人文が書ける娘の征良が、村上夫人の陽子さんと大の友達で、
そのおかげで春樹さんと顔見知りになった。
 その春樹さんが我々の音楽塾に見学に来た。京都で毎年やっている大切な塾だ。
仲間の先生達や塾生が、興味津々見つめる中を、春樹さんと二人連れで京都の夜にくり出した。
私にとっても春樹さんにとっても、はじめてのこと。
 二人共はじめての、先斗町の横丁の小さい飲み屋(喰いもの屋)で、二人共はじめての会話を持った。
さっきまでやっていた塾のことや、なにせ音楽のことだったと思う。

 後日家に帰って征良に報告したら、
「そんなに音楽の話が面白かったのなら、二人でそれを記録したらいいのに」って云われたのだけれど、
そのときはあまり信用しなかった。
食道癌の大手術後、ひまをもてあまして居たら、神奈川の村上家に家中で呼ばれ、
皆が台所でベチャベチャしているあいだに、春樹さんと二人で別室でとっておきのレコードを聴いた。
 グレン・グールドと内田光子だ。グレンに関して想い出がどんどん出てきた。
何せ半世紀前のことなのに。

今までは毎日の音楽でいそがしくて、考えもしなかったのに、出てくるわ、出てくるわ。なつかしかった。
今までの私にはない経験だ。大手術も悪いことばかりではない。
春樹さんのおかげで、カラヤン先生のこと、レニーのこと、カーネギー・ホールでのこと、
マンハッタン・センター(今はどうなっているのだろう)でのこと、ずるずると想い出が出てきた。
その後、春樹さんのおかげで、三、四日は思いでづけになった。

(中略)

 大病も悪いことばかりではない。なにせヒマだらけになるから。
征良ありがとう。お前のおかげで春樹さんに会えたから。
 春樹さんありがとう。あなたのおかげですごい量の想い出がぶりかえした。
おまけになんだかわからないけど、すごく正直にコトバが出て来た。
陽子さんありがとう。いつも栄養のあるつまみをテーブルの上に用意してくれて。

春樹さん陽子さん、スイスまで来てくれてありがとう。
このアカデミーは実際に見てもらわないと、わかってもらえないと、前々からおもってました。

 残念なのは、奥志賀を今年は見てもらえなかったこと。来年はぜひ。
若い音楽家のヨーロッパと東洋のちがいがあれば、それを話しましょう。