2019年8月の終わりに、歴史家の磯田道史氏から電話があった。

作家の朝吹真理子さんが青山周辺の歴史を知りたいとのこと。

約2週間後に朝吹さんが来店され、写真や資料を見ながら山陽堂書店が見てきた青山の歴史をお話しした。

それが朝吹さんとのご縁のはじまりだ、と思っていた。

私は時折、昔の青山原宿周辺の話をゆかりのある方に聞きに行っているので、一緒に行きませんか、と朝吹さんをお誘いした。

訪れたご夫妻は、90歳近くになられるのだが、昔の話をよく記憶されていて、興味深い話をしてくれた。

朝吹さんは当時の年頃の女学生の〇〇なことなども聴くことができた、とちょっとうれしそうだった。

2021年夏、ワタリウム美術館さんの紹介でアーテイストの弓指寛治さんと当ギャラリーで

「水の波紋展2021 山陽堂書店130年の歩み feat弓指寛治」を開催することになった。

並行して弓指さんは、岡本太郎記念館の中庭で『焼夷弾は街に一発も落ちない』という大作をライブ制作し、

ご近所の「ののあおやま」にもタイル作品を展示した。

これは朝吹さんにぜひ紹介したいと思いお知らせした。

朝吹さんは弓指さんの展示を観にきてくれた。

同年10月の日経新聞に、朝吹さんが山の手空襲翌日に、安田銀行側の灯篭に一本の女性の足が立てかけてあった話を書いた。

初めて朝吹さんにお会いした時に話したことのひとつだった。

「灯篭のところに白い足袋を履いた女のひとの足が立てかけてあったのですが、なぜだか知りませんか?」

戦後70年の2015年、店に一本の電話がかかってきた。

白い足袋を履いた人の話は聞いたことがなかったので、当時女学生だった方から聞いた話をした。

現在のみずほ銀行のあたりで、一緒に戦火から逃げていた青年の母親の足に焼夷弾が突き刺さり、にっちもさっちも行かなくなった。

その青年は「おっかさーん、おっかさーん」と叫んでいたという。

足の話は、こちらの話しか聞いたことがない旨を伝えて電話を切った。

2017年5月、約2年後にその時の電話の男性Iさんが来店された。

当時中学生だったIさんは、父親に言われて自転車で空襲翌日の青山通りを往復する。

帰り道、灯篭に足が立てかけられているのを目の当たりにし、何十年もの間記憶にのこっているという。

この男性に朝吹さんの新聞記事のことを知らせたいと思ったのだが、連絡先がわからない。

けれども記事が掲載されたちょうど7ヶ月後にこの男性Iさんよりなんと電話があったのだ。

そんなことがあるのか!しかも5年ぶり、何かが通じたのか?このタイミングには本当に驚いた。

この年の初め頃だったろうか、弓指さんから「遠山さん、今、話を聞きに行かないと」と電話があった。

戦争中を知る人がどんどん少なくなってきているから、と。

そのようなわけで弓指さんにも声をかけて、昨年の5月に朝吹さんと弓指さんと私の3人で、

戦前・戦中・戦後を生きた3人の方の話を聞きに行った。

昔の青山・原宿のこと、戦前の暮らし、空襲のこと、勤労動員、子供のころのこと、歴史の授業では知ることのできない日常のちょっとしたこと。

この先、画家と作家という表現者のお二人がこの話をどのように形にしていかれるのかと思う。

2022年9月、朝吹さんが文章を書き、弓指さんが絵を描く、と聞いていた展示を観るために

私は石巻で開催されているリボーンアートフェスティバルに向かった。

が、しかし、行ってみて驚いた。

会場は閉店した旧鮮魚店の「まるか」、一階二階の会場をフルに使って石巻の人々から聞いた話や体験などを丹念にリサーチし、

絵画やテキスト、そしてインスタレーション『スウィミング・タウン』が制作されていた。

「あれ?朝吹さんは文章を書くって言ってなかったっけ?」、なんと朝吹さんも絵描きになっていた。

お二人ともそれぞれが絵も文も両方かいていて、「これで完成です」のない進化していく展示だった。

一階にはおままごとのような擬似魚屋があり、そこでは二人が描いた30種類位の魚の絵のコピーが一匹五百円で売られていた。

購入すると一枚の絵に二人ともサインを入れてくれるので、どちらが描いたかわからなかった。

魚の名前と日付を入れてある方が作者なので、それでやっとわかったくらいだ。

朝吹さん一匹、弓指さん二匹、合計三匹ほど購入して帰ってきた。

帰り際、若いカップルの「すごい熱量」という声を耳にした。「ほんとうに」と私も思った。

最終日はどんな展示会場になっているのだろうか、ふたたび訪れたかったが、如何せん遠かった。

そして今年の春、朝吹さんからメールが届いた。

山陽堂書店で初めての個展を開いてくれるという。なんと、うれしいことだろう。

そして最近、思いがけない発見があった。

朝吹さんのことを調べていたら朝吹さんのご先祖の名前も出ていた。

「あれ?どこかでみたことのある名前だな・・・」

早速、昭和初期から26年間山陽堂書店で働いた伯父が顧客を中心にのこした備忘録を確認すると、

『陸軍中将長岡外史は立派なカイゼル髭から髭の将軍と言われ、日本航空界初期の指導者でもあった、

来日したチャップリンを門前でみかけた』とあった。

お住まいもしっかりと地図に残っていた。

朝吹さんのご先祖とは100年近く前にすでにご縁があったのだ。

(チャップリンのことは伯父の記録でしかいまのところ見つけられていない。伯父もすでに他界しているので詳細は確かめようがないのだが、このように記されている)

そんな朝吹真理子さんの初個展、皆様のお越しをお待ちしております。

 

山陽堂書店 遠山秀子

ー山陽堂だより12月173号よりー