ウエイトレスが分厚いコーヒーカップをテーブルの上に置いた。
コトンと音がすると、深i煎りの豆特有の豊かな香りが立ち込め、
遠い記憶をたぐり寄せる。
「ダブルエスプレッソ」
買い物帰りに入ったその店のメニューに書かれてあったので頼んでみた。
たっぷり砂糖を使った甘いデザートに、ほろ苦いエスプレッソがよく合う。
初めて「ダブルエスプレッソ」を口にしたのは十代の頃、父と入った喫茶店で、
先に注文したのは父の方だった。「エスプレッソ」を二倍に濃くした飲み物が
出てくると思った私の間違いを正してくれた。いつも飲んでいるコーヒーとは違う、
濃厚な味とその強い香りのせいか、その喫茶店には特別な時間が流れていた。
「さざ波の記憶」本文抜粋
父が残してくれたイラストレーションに文章を添える形で、この一冊ができたことを
とても有り難く思っています。旅先や訪れた様々な場所を父が青インクでスケッチして
きたものが登場しています。
この中では、父との思い出、日々の暮らしの中でのこと、旅先でのこと、東京で
生まれ育った私が東北で暮らすようになってからのこと等々を綴っています。
「さざ波の記憶」あとがきより抜粋
◇「さざ波の記憶」新潮社図書編集室刊 1,800円+税