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2018年10月15日
茶人 武井宗道氏と山陽堂書店5世代目。

中学入学のときに彼は僕らの地元に越して来た。

同じ小学校出身の子も多いうえ生徒数もそんなに多くはなく、同級生はみんなお互いにその存在を知るような環境のなかにありながら、入学してから1年間、彼と言葉を交わすことはほぼなかったように思う。

それが、中学2年のときに同じクラスになり、給食を囲む班が一緒になった頃から仲良くなったように記憶している。

囲碁将棋部の幽霊部員、つまりは帰宅部の彼と、学校外のチームでサッカーをしていた僕は毎日一緒に下校するようになった。

彼は竹下通りを少し入ったところにある自分の家を通り過ぎ、僕の家まで一緒に歩いては、茶の一杯も出されずに玄関先で別れを告げられ、再び来た道を帰る、というのが常だった。

趣味も性格もまったく違う彼と一緒に帰るその時間を、僕はとても楽しんでいた。

どんな話をしていたのかはあまり覚えていないものの、彼のツボにハマった時のあの長い引き笑いと、もっとハマったときにずいぶん呼吸に苦しんでいたときのことはいまもなお覚えている。(あのとき僕らは何の話でそんなに笑ったのだろう)

彼の何に惹かれたのかというと、とにかく"変"だということだった。

特異な言動をするわけでもなく、具体的には説明できないものの、"変なところ"が滲み出てしまっているようなところがあった。

そんな彼と一緒にいて笑い合っていることを当時の担任は訝しみ、「いじめているのだと思います」と僕の母に言ったことがあったという。

(ほんとに、中学時代の先生には何がどう見えていたのか、あるいはまったく何も見えていなかったのか。いまでもとても解せない不思議な方々だった。また悪口になってしまいますね。)


中学を卒業してからは、彼と会う機会がめっきり減ってしまい、地元の集まりで年に一度顔を合わせる程度になってしまった。
それでも、いつ会っても彼は相変わらず彼だった。


時は経ち、お互い30歳になった今年、久しぶりに会った彼は相変わらず変な奴でありながら、おもしろさに磨きがかかっていた。

以前から茶の道に進んだことは知っていたものの、茶人としての彼に接したのはそのときが初めてで、驚きつつもどこか納得し、何より彼がこんなにおもしろいことになっているということが心から嬉しかった。


そんな彼、武井宗道氏(くん)に、1024日(水)山陽堂書店 3階でお茶を点ててもらいます。(あのとき茶の一杯も出さずに帰したことを根に持つこともなく)

どうぞお気軽に、武井くんとの会話もお楽しみください。

おもしろい、僕の友だちのひとりです。

武井宗道HP・プロフィールはこちら

2018年10月12日
山陽堂書店初代生誕150年展のことなど。

3の夏、「わが家の祖先とその歴史」を調べる宿題が出され、

祖先に興味をもつきっかけができました。

祖母や伯母に聞いたところによると、

初代は、岡山城下旭川沿いの船着町で江戸時代から明治の前半まで

紙や畳表などを扱う商家のひとり息子として生まれ、

15歳の時には両親・祖父母を亡くしてしまいました。

20歳の頃に上京し、芝・京橋で新聞売捌業に携わった後、青山で本屋をはじめました。

私は子育てがひと段落した13年前、岡山の先祖のことを無性に知りたくなり、

インターネットの助けを借りて手探りで調べ始めました。

岡山から取寄せた初代の除籍簿には思いがけないヒントもあり、

二女を連れ岡山を訪ねました。

岡山県立図書館で、資料の中に祖先の屋号を見つけた時のことは忘れません。

「やっぱり岡山で商売してた!」

鳥肌が立ちました。 

今から約240年前には岡山城下で『諸問屋』を商い、

「最近問屋を介さず直取引をするところがあって困る」と

問屋頭に連名で訴えている資料もみつかりました。

この度ささやかな「初代生誕150年展」を開催しますが、

これも岡山の書店さんをはじめたくさんの方のお力添えのおかげです。

 冒頭の宿題ですが、先生が「私も小中高生のころ『山陽堂』で

本を買ったことがあるので懐かしく読みました」と一言添えてあり、

話を聞いた伯母(大正12年生)と同級生だったこともわかりました。

山陽堂書店には時々

「うちの先祖がこの辺りに住んでいたのですがなにか資料はないでしょうか」

とたずねてくる方がいます。

訪ねてくる方のお気持ちが大変よくわかるので、

できる範囲でお手伝いをさせていただきます。

数年前に来られた方は、ご先祖が南青山で産婦人科の病院を開業していて、

昭和10年の青山の地図にも載っており、

叔母たちがそこで生まれていたこともわかりました。

 今年の春には、

「私たち72年ぶりに会ったのよ」

80代前半の幼馴染の3人が山陽堂書店に立ち寄ってくれました。

昭和10年頃の地図をご覧いただくと、

しっかり3人の家が名前入りで見つかりました。

みなさん地図を見ながら大喜びでした。

 この場所で商売をしていると、時にこんなことが起こります。

こんな時、私たちも「うれしい」のおすそ分けをいただきます。

本屋をやめられない理由の一つがここにもあります。

 

山陽堂初代萬納孫次郎生誕150年展(10/9-11/2 日・祝 10/13・27(土)休み)



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